「存在論としてのヘルメット」=上原安隆さんへの思い=

 1973年5月20日の日曜日、上原安隆さんはナナハンのバイクで国会議事堂へ突っ込んだ。そして、遺書もなく26歳の人生を閉じた。警察は「原因不詳の自殺」と断定。新聞は「国会議事堂正面鉄扉に謎の激突死」と報じた。それが単なる単車事故ではないことは次のことでわかる。ちょうど一年前に沖縄が本土復帰したこと。そして復帰の3年前のコザ騒動に上原安隆さんも参加していたこと。コザ騒動は、米軍政の人権蹂躙に対する、沖縄県民の怒りが頂点に達したものであったこと。本土復帰がその内容において、沖縄県民の期待を裏切るものであったことなどを思いはせれば、自ずと上原安隆さんの胸中を推し量ることができるであろう。上原安隆さんは少年時代、上空を実弾が切り裂く村で育った。そのことも、握り締めたスロットルに伝わっていただろう。その思考(おもい)、沖縄県民の思考(おもい)。今にして、誰が「沖縄県民の被害者意識」と言い放つことができよう。

 これは暴発のない自爆テロだったのか。自殺ではないだろう。自殺であればチベット僧の焼身自殺に近い、抗議の自殺なのだ。いや自殺ではない。神風なのだ。郷土の憂国の戦士と化したのだ。軍命のない、遺書のない、ただ、ただ、郷土沖縄を背中に背負って。いや、神風でもない。明治の志士にその思考(おもい)は近い。郷土沖縄の自決権を持って、外圧に抗した。或いは朝鮮の義士、安重根の思考(おもい)にも近い。琉球民族の独立とアジアの大義を願って、鉄扉に激突したのだ。それとも・・・。

はたして、テロはなぜ起きるのだろう。「テロとの戦い」を宣言した大国に対して、テロで抗するしかない小さき人々がいるのは事実だ。戦場は戦地だけではなくなった。それを彼らは我々に確認させたいのだろう。戦場を共有したいがために。裏を返せば、平和を共有したいがために。

 

=ココアのヒト匙=

われは知る、テロリストの

かなしき心を―――

言葉とおこなひとを分ちがたき 

ただひとつの心を

奪はれたる言葉のかはりに

おこなひをもて語らんとする心を             

われとわがからだを敵に擲げつくる心を

しかして、そは真面目にして熱心なる人の常に有つかなしみなり

はてしなき議論の後の

冷めたるココアのひと匙を啜りて、

そのうすにがき舌触りに

われは知る、テロリストの

かなしき、かなしき心を。

 

上原安隆さんの命の果てにあるものは、ただ、ただ、この詩の「悲しき心」である。

 

詩の作者は石川啄木

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森口豁 「激突死」・・遺されたヘルメット」(すいーと雑記帳とっこの独り言のブログより)