=偏向新聞=

 また、ネット右翼が叫んでいる。アメリカ兵の女性観光客への性暴力と、アメリカ兵の地域の民生活動とを対等に論じて、県内二紙が女性への性暴力事件を紙面に載せたとたん、アメリカ兵もちゃんと地域に貢献するなど善いことをしている。それを意図的に取り上げない二紙は偏向している。中国に利する反日左翼のやることだと。

 ところで、アメリカ軍とその所在地域とのいろんな形での交流は以前からよく行われていた。1995年の小学生性暴力事件以前から、いやもっと復帰前からその手の交流に、沖縄県民は、一度は関わったり、見聞したりしていることだ。有名なのが嘉手納カーニバル。あるいは基地内のフリーマーケットアメリカ軍の婦人達が民間の塾で教えたり、公民館でアメリカ軍の子弟と交流したり、アメリカ軍基地内のサッカーチームと試合をしたり、いろんな関わり方を実際している。現在進行形である。それをいちいち新聞に取り上げなければならないのか。しかも米軍人の重大事件の度に、地域で溝さらいやビーチクリーンをしている米軍人もいることを取り上げてほしいということらしい。ただ、アメリカ兵が人間として、誰も文句の云いようのない素晴らしい行為は賞賛されるべきであろう。溺れかかった人をアメリカ兵が助けたとずーっと以前の新聞で見たことがある。

最近は両新聞紙上では見ない。小学生性暴力事件あたりからであろう。それは仕方ないことだろう。沖縄の幼き少女が、屈強なアメリカ兵三人に拉致、監禁、強姦されたのであるから。アメリカ兵の善行どころではない。その感情が今も続いているだけだ。県内二紙は、それを敏感に感じ取っているだけではないのか。それを契機に普天間基地問題がクローズアップされ、辺野古への県内移設という解決に、日本政府やアメリカに対して、姑息で卑怯な印象を抱いた県民も多いと思う。これでは根本解決にはならないのは県民なら分かっていることだ。いろいろな立場の人もいるが、アメリカ軍基地は少なくして欲しいというのが、沖縄の21世紀のビジョンであろう。ましてやアメリカ兵の善行を取り上げることには、今までのアメリカ兵がらみの事件事故や地位協定を鑑みれば、難しいことだと思う。

観光客の女性をいたわる気持ちの発露さえない、ネット右翼の意図はどこにあるのか。次の事件を思い出してみよう。復帰前だ。

『1970年5月30日昼、具志川市(現うるま市)上江洲で帰宅途中の前原高校1年生の女子生徒が、米兵(22)にナイフで腹部や首、頭を切りつけられ、全治2カ月の重傷を負った。この事件の2日前には浦添村(現浦添市)牧港の第二兵たん部隊内で出勤途中の女子雇用員(21)が米兵にいきなり首を絞められる事件が発生。相次ぐ米兵による事件に県民の怒りが渦巻き、基地撤去の声が一気に高まった。翌31日には、同隊ゲート前で上江洲区民をはじめ前原高生徒、市民ら2500人が参加して抗議集会が開かれた。同区の婦人会長は「県民全体に抗議の波を広げる必要がある。若い純真な心に受けた傷は何にもまして深い」、前原高の生徒は「われわれも人間です。犯人の重罪を要求します」とそれぞれ訴えた。』=新報アーカイブ・あの日の紙面=

この過去の事件の後でも、ネット右翼は「アメリカ兵は善いこともしている。それを取り上げない県内二紙は中国に利する反日左翼だ。」とピント外れの主張をするのだろうか。

県内二紙は県民とともに歩んできた。それは確かだろう。二紙が県民を洗脳しているのではなく、県民の気持ちに寄り添って来たのであろう。戦前はいざ知らず、そのスタンスは復帰前から、否、戦後から変わらない。

先にも述べたが、戦後沖縄の復興は、アメリカ軍の民生活動の中から生まれたと言っても過言ではない。まさしく、沖縄は「Aサインバー」と共にアメリカ世を歩んで来たのである。アメリカ人の明るいアメリカ文化を沖縄人も享受して来た。少年の頃、ロブスターというレストランで、時たま、AからCまでのランチを注文し合うのが家族の楽しみであった。私たち家族の周りにはもちろんアメリカ人家族の客もいた。エゴーマヨネーズやエーワンソースで、沖縄県民の味覚は育てられた。

県民は今でもアメリカ世を引きずっている。それは、今でもお隣近所にアメリカ人がいるからだ。それを、「基地には反対して、嘉手納カーニバルには参加する」「軍用地主は金をもらいながら、ちゃっかり耕作している」など、沖縄の知られざる真実などとネット右翼は宣う。

本土の人に27年間アメリカ世を渡り歩いた沖縄県民の歴史の妙味を知ることは難しいが、一口に言えば、アメリカ合衆国は良いが、アメリカ軍は良くない。嘉手納カーニバルではアメリカ合衆国を満喫する。しかし基地は撤去して欲しい。終戦後、民主主義や博愛主義を直接隣人に教わり、そうだからこそアメリカ兵の人権無視の蛮行には県民は立ち上がり、良いものは良い、悪いものは悪いと主張して来たのだ。それを県内二紙は取り上げて来ただけだ。

この心理はほとんどのナイチャーには分からないだろう。何せ、日本占領アメリカ人が撤退して久しく、日本人の隣人は同じ日本人だからだ。トモダチ作戦アメリカ軍、アメリカ人が本当に本土に住み着いたら、恐怖心や警戒心に駆られ、右往左往するのは本土の人たちなのではないだろうか。穿った見方をすれば、占領アメリカ人を遠ざけるために沖縄も視覚の中から遠ざけて来た。

県内二紙は偏っていると云うが、そこに基地があり、そこから発生する様々な事件事故がある限り、その方向へ偏っていくだろう。普天間基地がそれこそ他府県に移設されれば、偏ることもなくなるだろう。逆に移設されたどこそこの県の地方紙は偏ってしまうかもしれない。その時には、どうぞその地元紙を偏向新聞と非難してください。「この新聞は偏向している。中国に利する反日左翼だ」と。「アメリカ兵より君たち日本人の方が統計上、事件事故を起こすのは多いではないか」と。

 

The Pacificはアメリカの作品なのである程度はエコヒイキはありますが、かなり真実に近いと思います。

皮肉な事に、日本軍と一緒にいた民間人は例外なく地獄を見ています。日本軍は国民を守る軍隊ではなかったのです。その母親が「助けてください」と言ったのは、日本軍に無理やり人間爆弾にされた、助けてください、という悲痛な叫びだったのではないでしょうか。サイパン島では、米軍の投降勧告に応じて家族が洞窟から出てきたら、それをうしろから日本兵が銃撃して殺した、米兵たちを驚愕して見ていた、と。

沖縄防衛の為に日本陸軍第32軍が続々と到着、いかにも強そうな日本の兵隊さんを見て沖縄県民は頼もしく思って喜んだのもつかの間、早速日本兵による略奪、強姦が始まった。余りのひどさに県民は「立ち入り禁止。ここは占領地ではありません」という看板を出したくらいです。

司令部も困ってしまい、石兵団(第62師団)は異例の会報を出して「姦奪ハ軍人ノ威信ヲ失墜シ民心離反若クハ反軍思想誘発ノ有力ナル素因トナルハ過去ノ苦キ経験ノ示ス所ナリ」と厳しくいましめた。「過去の苦き経験」とは中国戦線での蛮行の数々のことです。

そして米軍上陸を目前にして第32軍が作成した「県民指導要綱」の基本は「軍・官・民の共生、共死の一体化」でした。民間人も軍と行動を共にし一緒に戦え、と。従って、米軍にとっては幼児と老人以外は、民間人であっても非戦闘員ではなかった。当然攻撃の対象になりました。そして軍と共に戦えないものは死ね、と。その結果多くの集団自決が発生(日本軍がいなかった離島では集団自決は起こっていない)。沖縄県民は国際条約で保証されている非戦闘員の保護を受ける事を禁じられ、その為に県民の四分の一が死にました。日本軍に殺された様なものです。

沖縄ことばをしゃべるとスパイとみなして「処分」するという命令書もあります。日本語が分かれば「処分」とはどういう意味か理解出来ますね。ある家に日本兵がいきなり入ってきた。驚いた老婆があわてて「な、なんでしょうか?」と沖縄方言で言ったら、その兵隊に刺し殺された例もあります。

有名な久米島事件では、森に隠れていた日本海軍陸戦隊の兵隊が占領された村へ来て村民をスパイとして虐殺、三歳の幼児まで殺された。別の村では、食糧がなくて村を占領した米軍にメリケン粉をもらったら、夜になって森から出てきた日本兵たちにスパイとして虐殺された。また、日本兵は女のキモノを着て米軍をだまし、いきなり襲い掛かるという事もあった。そういう命令書が残っています。

戦争ですから米兵による蛮行ももちろんありましたが、基本的にはジュネーブ条約を守り、しかもサイパン島の戦闘で日本軍が同じ日本人の民間人をどんなに残酷に扱ったか経験しているので、民間人用に大量の食糧や医薬品を持ってきた。更に多数の通訳も用意しましたが、日本軍は民間人がそれを利用することを許しませんでした。

泥で汚れているが看護婦のかっこうをした女性がよろよろと歩いてきた。投降か?と見ていると、いきなり手榴弾を投げてきたので射殺。壕に日本兵が沢山隠れていて抵抗を続ける、マイクで日本語で投降を呼びかけても返ってくるのは銃弾、米軍は壕に火炎放射器で火を注ぎ込み全滅、中には黒焦げの日本兵と民間人の死体が、、、

この様な例が色々あります。民間人を殺したのは米軍ですが、民間人を非戦闘員として国際条約に基づいて米軍の保護を受ける事を許さず軍と行動を共にさせたのは日本軍でした。

ある人が沖縄へ観光旅行に行き、タクシーを雇ってあちこちを回っていたら、あるところでタクシーが止まった。運転手が近くの丘を指差し、私の姉があそこで死にました、日本軍に殺されました、と言った話もあります。あるTV番組では、当時小さい子供だったその女性の家に日本兵が入ってきた、なんだろうと思ったらいきなり母親を刺し殺し、台所から水を水筒に汲み取って出て行った、と。水が欲しければそう言えばあげたのに、殺す事はないでしょう、とその女性は泣いていました。

日本の軍隊は国民を護る軍隊ではなかったのです。国民を二段も三段も下に見ていた。皮肉なことに、日本軍と一緒にいた民間人はみんな地獄を見ています。サイパン島に始まり、フィリピン、沖縄、そして満州、、、もし本土決戦があったら日本中で沖縄の悲劇が起こっていたでしょうね。

海兵隊の捕虜になった少年兵。沖縄ではこんな子供まで戦わせました)

 

f:id:agesandodes:20180906162010p:plain