=劇場=

 今やネット配信はホームビデオやスマホで撮影する手軽さ、手持ちのお金で何とかやり繰りできる資金の安さで盛んである。誰でもその気になれば、映像配信をすることが出来る世の中となった。

今、小泉劇場ならぬ、テドコン劇場が右寄りのネット上で盛んに上映されている。テドコン劇場のオーナー兼監督は通称、手登根・ボギーと言う人物。ネトウヨ空間から注目される存在と自他共に認めているようである。脚本も手がけ、ビデオ編集もお手の物だ。彼は沖縄の基地問題を、柔和な語り口の中にも極左極左と連呼する極右的な視点で捉え、独特な迫り方で、誰でも基地反対を唱えれば極左とあぶり出すネトウヨ監督である。沖縄の反基地勢力に対する米軍基地フリーク勢力の旗手と評価されよう。結局の所、返還された天久や北谷の土地に米軍基地を戻せと言いたいようなレポートを放つ。沖縄の長い基地負担に対する反対の意志を反日、反米、極左と煽る。

本人は「右翼でも左翼でもない。私は仲良く(中翼)です。」と辺野古新基地建設反対の人々に向けて、冗談とも受け取られる発言もするが、この監督の「わんぬうむい」の底流にはそれがあるようだ。彼は「日本の心を大切にする党」から、今度の参院選に出馬するほど政治的な監督だ。その党の中山恭子代表は「穏やかさや誠実さ、良心など、日本人が誰でも持っている精神が欠けつつある」と憂う。手登根氏の言う「みんな仲良く」はアメリカ兵も沖縄の人も本土の人もみんな仲良くすることが日本人の本来の精神なのだと言いたいのであろう。それは理解できるが、沖縄の米軍被害には目をつむり、沖縄の自立経済の希求には無頓着で、ひたすらアメリカ軍のために、あらゆる映像を使って沖縄を貶めることしか能がない。本土のゴーマニズム保守からは笑い話のネタにもならないだろう。沖縄の反基地を貶めるために創作物の映像を使って、勝手な解釈で編集したプロパガンダ映像が得意である。

手登根劇場で上映される動画は自作自演の作品、自撮りの作品が多い。自ら司会兼リポーターをやり、役者顔負けの演技力もある。中には演出を凝らし、スタッフ協働の乱闘寸前の活劇も制作する。主たる撮影所は辺野古普天間ゲート前だ。余暇でフェンスクリーン活動やアメリカ人に手を振る活動もがんばっているようだ。誠に米軍オタクである。

映像批評としては、ホントにそうかと思える作品が多い。最近、話題になった熊本の地震災害時のオスプレイ災害派遣と女性会社員死体遺棄事件に関する2つのプロパガンダ動画を制作している。

被災地熊本へのオスプレイ派遣において、早速、辺野古への基地反対派のテントへ乗り込んで「自作自演」の動画を撮影。その時の小道具は基地反対派を代表する山城氏への「要請書」。「被災地でオスプレイが貢献している。オスプレイが活躍している間は反対の旗は降ろしてくれないか」、「被災地の人々を救っているオスプレイに反対するのは、足を引っ張っていることで、被災地の方々に失礼ではないか」とのことである。本土のメディアから「わざわざオスプレイ」という報道もあり、その情報対策もあるのであろうが、果たして被災地の方々は沖縄のオスプレイ配備反対が原因で困っているのであろうか。そんなことをしたら被災地が迷惑と言っているのであろうか。その演出には唐突感や違和感があることは否めない。なぜ故意に反対と分かりきっている辺野古のテントに、突撃取材ならぬ自ら要請書手交といった演出をしたのか。要請書を手渡す演出をすることに妥当性はあるのか。オスプレイに賛成であれば、米軍や防衛省などにオスプレイ活用を要請すればいいことではないのか。米軍宣伝の為に、辺野古の反対派を反面教師に仕立て利用しているとしか思われない。そこでどのようなことが起こるかは予想されていたはずだ。反対派からは手登根・ボギー氏は海兵隊の犬と断じられているのだ。反対派の主張や行動をいろんな視点で批判するのは自由だが、チャンネル桜沖縄支局番組の視聴率効果のための演出であることは否めない。チャンネル桜沖縄支局の番組としては、「アンチ反基地・反左翼」「偏向沖縄マスコミ2紙糾弾」「反教師・反公務員」を旗印にする政治報道一辺倒の番組では、ネタ作りに苦労しているのであろうか。しかし、なぜ辺野古なのか。

オスプレイが災害地に派遣されたタイミングを利用して、辺野古で新基地建設反対派への攻撃を画策する。今がグットタイミング、良い材料を得たり、と映像作りをしたのであろうか。また、辺野古の工事がストップしている今、その腹いせの意図もあろうか。ついでに暴力を振るわれたと反対派の凶暴性をあきれ顔で解説する事も忘れないようだ。自作自演、シナリオ通りの解説で完結する、いつもの表現力豊かな監督兼役者振りである。

また、被災に遭った人々を引き合いに出して、困っている人や悲しんでいる人を引き合いに出して、オスプレイが役立っていることを取材するのもどうか。藁をも掴む思いの人々を出汁に、オスプレイの宣伝をする。いかがなものか。わずかな救援物資を積んで行く演出ぶりもどうか。本音はネット上でのオスプレイの有意性の宣伝と基地反対派の不当性を訴えることであろう。そうであれば、オスプレイの安全性や重要性をもっと訴えるように宣伝すればいいことだ。また、辺野古へ基地を作ることが普天間基地返還につながると思っているのであれば、仲の良い米軍からたくさんの資料をもらい、基地内取材で得た情報や映像を駆使して、賛成派たる視点や意見、反論を堂々と言えばいい。それを訴えればいいことだ。

辺野古の反対派も面食らっているだろう。山城氏はじめ、辺野古新基地建設反対のため毎日阻止行動をしている人たちに、オスプレイと熊本災害を絡めて「辺野古基地反対を中止せよ」という要請書を出しに行くのはシナリオとしてはどうか。強いて言えば、オスプレイ配備に反対する普天間基地入り口にいる反対派の人たちに要請すれば的は当たっていただろう。なぜ、辺野古の新基地反対派の所へ行ったのか疑問が残る。普天間基地の反対派へ要請文を手渡すシーンの方が絵になっている。

以前、手登根氏は辺野古区の青年達を夜中先導して、辺野古反対派のフェンスに掲げられた横断幕までも、フェンスを汚していると言いがかりをつけ、取り除こうと先導した。冷静に考えれば汚れには見えないはずだ。横断幕は基地反対や核実験反対など世界どこでもある所作である。警察や軍隊などを所有し行使できる絶対権力、国家に対して、市民の反対行動としてデモや座り込みと同時にプラカードや横断幕は一般的に掲げられているものだ。警察は取り締まれと言うが、警察はそうはしない。それは単なる公共施設の壁への落書きや汚しではないからだ。市民運動を弾圧することがファシストにつながることを人間の歴史は学んだからだ。よって、賛成であれば賛成のプラカードを掲げ、横断幕を掲示すれば良い。もちろん、反対派が占拠しているところではなく少し離れたところでやるのが常識だ。先取りの原則だ。お互いにお互いを尊重する。その方が見るものとしてはわかりやすい。

今やっている事は妨害行為そのものである。相手への誹謗中傷のみである。フェンスを綺麗にするといって反対派の表現を妨害するのはいかがなものか。フェンスの中は元々沖縄の土地であったが奪われたのだ。奪われた土地を国と国の話し合いで、あるいは国連の関与で解決しなければ、基地を返還して欲しいと思っている人たちは自ら反対運動に取り組むしかない。否、反対運動を続ける事によって国や国連を動かすこともあり得るのだ。そこには住処があり、先祖の墓やウガンジュなどがあり、帰りたい土地なのである。その願いを墓の中まで持って行った諸先輩方も多い。これ以上基地を沖縄の子や孫に残したくないという思いをくめば、沖縄を2分したフェンスに反対の意思表示をするのも理解できるものだ。

それはベルリンの壁に祖国統一を願い、思い思いの絵や言葉で表現されているものと質は同じであろう。ベルリンの壁の落書きを誰が壁を汚していると洗い流すであろうか。その思いの表現がついに叶い、ベルリンの壁が倒れ、祖国の土地が統一されたように、沖縄の基地のフェンスが倒れ、沖縄の土地、先祖の土地が沖縄人のものになる日はいつ来るのか。反対派はそれを願っているのだ。

沖縄の中になぜ、斯くも多くの米国の基地があるのか。本島の約20%近くがどうして外国に占領されなければならないのか。誰が見ても負担加重ではないか。そんな島どこにあるのか。そんな国どこにあるのか。フェンスクリーンといって、長い間居座り続ける占領アメリカ軍の手伝いをしているのも結構だが、アメリカ軍は余所の国に来ているとの自覚が薄れないか。もうそろそろ、整理縮小のため、国外、県外移設もあっていいのではないだろうか。

手登根氏は女性会社員死体遺棄事件においては、早速「民間人で軍とは関係ない」と配信する。当の米軍の高官が認めているにもかかわらずだ。また、被害者の両親が心労のため、「今はそっとして欲しい」とマスコミなどの取材攻勢に対して発言したことを捉え、中部の基地前で「加害者糾弾、米軍基地は沖縄から出て行け」と他国の軍隊に対して行う住民の当然の行為について、被害者の両親がそっとして欲しいと言っているので基地反対と叫ぶのは被害者の両親の心を踏みにじる行為だ、今は静かに被害者の冥福を祈ることではないか。政治的に利用するなと、とんちんかんなことを言う。被害者の母親は最近「私の手で殺したい」とやり場のない怒りを吐露しているのである。その怒りを、沖縄県民として共有するのは自然ではないか。沖縄では米軍の基地負担に嫌気が指しているのが大方だ。学生の頃、私の出身高校で、女子高校生が帰宅途中に米軍人に襲われ、抵抗するもお腹を切られた。今回の事件と様相が似ている。被害に遭われた女生徒と同じ学校に通う高校生達は、雨の中手作りのプラカードを持ち、必死で抗議の行進をした。「私たちも同じ人間だと」。今は二十歳の沖縄女性が殺されても米軍に笑顔を送る人たちがいる。

米国の軍隊が日本国の沖縄に戦後長いこと駐留している。沖縄に来るアメリカ人はほとんど嘉手納基地のゲートを通って沖縄に入ってくる。地位協定という特権を付与されたアメリカ人、そのことは他国でのアメリカ人の安全を守るためであろうが、それは沖縄から見たら、宗主国の植民地政策だと思えてならない。

 

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米国アンカレッジから沖縄県嘉手納基地への民間機