=私の沖縄のアイデンティティー考=

 去る8月の国連人種差別撤廃委員会で「沖縄は一度たりとも日本からの独立運動が起きたことはありません。」という意見があった。これは少し間違いである。少し間違いというのは独立運動を趣旨としたデモなどの大衆運動は起こったことはないが、それを主張する政党や著名人はいたと言うことである。

 1950年代から60年代にかけて、沖縄民主同盟の仲宗根源和、琉球国民党の大宜見朝徳などが沖縄独立論を唱えた。特徴としては親米で反共である。その上、日本に対する不信も根強かった。27年間のアメリカ世の方が300年あまりの大和世より断然良いと主張する人たちである。もちろん、上述の意見者と同じく反共産主義であった。独立してアメリカと一緒に反共の砦になろうと主張した。立法院那覇市長選に立候補したが落選はしている。また、復帰運動に尽力したが、復帰後になって「沖縄独立宣言」という本を著した元コザ市長・大山朝常という方もいる。

 1950から60年代の本土に視点を移すと、その頃の日本の政治家や知識人、労働者など保革関係なく「芋と黒砂糖だけの沖縄を抱え込むと経済的負担である」、「米軍基地や核兵器が持ち込まれると困る」と騒いでいる者達もいた。この時代は安保改定が迫る中、本土の反基地闘争が激化した頃に重なる。本土の海兵隊が沖縄に移ったのもその頃だ。日米は安保条約の改定に向けて、反基地闘争の激化を恐れて米軍占領下の沖縄に基地を移した。その頃の本土の反戦平和運動には「沖縄」と言う言葉は脳みその片隅にもなかったというところが本音かもしれない。

 さて、最近沖縄のアイデンティティーが社会的政治的に強調されるが、ちょっと気になるところもある。と言うのも、今日に至っては、沖縄には本土から移住してきた家族や、片親が本土出身という人も意外と多い。また、復帰前から片親が外国人の人もいるし、長年沖縄に住んでいる外国人もいるし、その子供、孫もいる。多面性を有したアイデンティティーもあると思うのだが。私が思うアイデンティティーは血やDNAなどではなく、生活実感ではないだろうか。生活実感の共通性、共感性であれば、血やDNAは関係はないだろう。

 沖縄の歴史を鑑みても、沖縄の社会はチャンプルーであろう。チャンプルーが善というのが沖縄の歴史の中で育まれた思想ではないか。イチャリバチョーデーが沖縄の真心であれば、政治のスローガンとしては配慮が必要なのではないだろうか。沖縄のアイデンティティーを社会的政治的に強調されても、本来は個々個人の内面における問題なような気がするし、それは人間として尊重しれなければならないものであろう。政治が強調しすぎれば排他的政争の具、強いては分断の具に使われるかもしれない。

 イデオロギーよりアイデンティティーとはいったいどういうことだろう。沖縄のアイデンティティーとはいったい何なのだろう。日米の強大な権力に右往左往する沖縄県民に、一丸となって事に当たって欲しいという前翁長県知事の遺言のような気がする。

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